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東京地方裁判所 平成7年(ワ)19561号 判決

原告

鈴木さおり

被告

湯浅正吉

主文

一  被告は原告に対し、四七八万六八六〇円及びこれに対する平成四年五月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを七分し、その六を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し、三四一二万四九七六円及びこれに対する平成四年五月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、加害車両に衝突された原告が、加害車両の保有者で、加害車両の運転者の使用者である被告に対し、交通事故による損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  本件事故

(一) 日時 平成四年五月一一日午後〇時一〇分ころ

(二) 場所 千葉県市川市国府台一丁目六番先路上

(三) 加害車 原動機付自転車(市川市す九四七八)

右保有者 被告

右運転者 訴外三浦祐一(訴外三浦)

(四) 被害者 原告

(五) 態様 右場所の路上を横断中の原告が、直進してきた加害車に衝突された。

2  原告の傷害、治療経過

(一) 傷害

原告は本件事故により左足関節脱臼骨折、左下腿瘢痕拘縮の傷害を負い、(二)、(三)のとおり入、通院して治療した。

(二) 入院(合計一二八日間)

(1) 平成四年五月一一日の一日間、一条会病院

(2) 平成四年五月一一日から同年八月七日まで八九日間、横浜総合病院

(3) 平成五年三月六日から同年三月二〇日まで一五日間、横浜総合病院

(4) 平成六年一〇月二九日から同年一一月九日まで一二日間、聖路加国際病院

(5) 平成七年二月四日から同年二月一五日まで一二日間、聖路加国際病院

(三) 通院(実通院日数合計七八日間)

(1) 平成四年八月八日から平成五年三月五日まで、同年三月二一日から同年六月一五日まで合計実通院四九日間、横浜総合病院

(2) 平成六年三月一六日の一日間、横浜総合病院

(3) 平成五年三月二四日から平成六年四月二一日まで実通院一一日間、帝京大学医学部附属溝口病院

(4) 平成六年三月一九日から平成七年三月七日まで実通院一五日間、聖路加国際病院

(5) 平成七年四月二〇日から同年五月一一日まで実通院二日間、恵比寿ガーデンプレイスクリニツク

二  争点

1  被告の責任(原告の主張)

被告は、加害車を保有し自己のためにその運行の用に供していた上に、訴外三浦を従業員として雇用し、訴外三浦がその業務の執行中に前方不注視の過失により本件事故を惹起したものであり、自賠法三条、民法七一五条により、原告の損害を賠償する義務がある。

2  過失相殺

(一) 被告の主張

原告が、渋滞中の車両(訴外三浦の反対車線)の間から、訴外三浦側の走行車線に飛び出して来たために、加害車がこれを避けきれず、原告と衝突したもので、訴外三浦の刑事処分が不起訴になつていることを考えると、原告の過失は重大である。

(二) 原告の主張

訴外三浦は、本件事故現場の路上を何回も走行しており、学生たちが頻繁に横断することは認識しており、この道路を走行する場合には細心の注意をするべきであつた。しかるに、訴外三浦は横断中の学生達の間に突つ込んできたのであり、訴外三浦の過失は重大である。

3  損害

(一) 原告の主張

別紙損害計算書原告欄のとおり

(二) 被告の主張

(1) 原告の症状固定日は平成六年四月二一日であり、それ以降の治療費は損害賠償の対象ではない。

(2) 原告の後遺症は、自賠責で非該当との判断を受けている。事故後は、公務員として勤務しており、後遺障害があつたとしても、原告に逸失利益は発生しない。

第三当裁判所の判断

一  争点1

被告が、加害車の保有者であることは争いがなく、証拠(乙七、証人三浦)によると、訴外三浦は寿司店を経営する被告に雇用され、寿司の出前の帰りに本件事故を起こしたことが認められ、被告には自賠法三条、民法七一五条の責任がある。

二  争点2

(一)  証拠(甲一、二、一一一、乙一の1、2、乙七、証人三浦、原告本人)によると次の事実が認められる。

(1) 本件事故現場は、南北に走る県道一〇号市川松戸線(本件道路)であり、最高速度は時速四〇キロメートルと定められた、幅員約七メートルの片側一車線の道路である。

周辺には、和洋女子大学等がある市街地で、交通量は頻繁である。

(2) 訴外三浦は、和洋女子大学に一週間に一、二度は寿司の出前に行つている。本件事故当日も加害車を運転し、同大学に寿司を出前し、同大学正門前(別紙図面〈1〉)から対面の歩行者用信号が青になり、本件道路側の信号が赤になつてから、右折して本件道路に進入して市川市市川四丁目方面に進行した。市川市国府台二丁目方面に向かう対向車線は、信号待ちの車両が列を作つていた。

訴外三浦は走行車線の外側線の一メートル内側を走行し、別紙図面〈2〉地点でアクセルをふかし、速度は時速三〇キロメートルになり、別紙図面〈3〉で座席から尻を上げて座り直して加害車の前輪の辺りを一秒程度見て、視線を前方に戻そうとした瞬間に別紙図面〈4〉(センターラインから約二メートルの地点)で原告と衝突した。

(3) 原告は、友人と和洋女子大学から京成電鉄の国府台駅に向かつていた。同大学の正門を出たときに、歩行者信号が赤だつたので右折して、しばらく歩道を歩き、本件道路側の信号が赤になり、車両が停止したので本件道路を横断した。

原告は横断を開始するときに、左右の安全を確認し、横断歩道の方向の車道上に他の学生も横断しているのが見えたので普通の速度で横断を開始し、その直後に加害車に衝突された。

(二)  右事実に基づいて判断する。

訴外三浦は別紙図面〈3〉から別紙図面〈4〉まで一〇メートルの間を前方を注視せずに時速三〇キロメートル(秒速八・三三メートル)で走行しており、その経過時間は一・二秒となる。

歩行者が本件道路のような場所を横断する場合、普通は多少早足で横断するのが通常であり、その速度を時速六キロメートル(秒速一・六七メートル)と仮定すると、一・二秒間に二メートル進行するから、訴外三浦が別紙図面〈3〉の地点にいたときに、原告はセンターライン上にいたことになる。仮に、原告の歩行速度を通常の歩行者の速度である時速四キロメートル(秒速一・一一メートル)とすると、一・二秒間に一・三メートル進行するから、訴外三浦が別紙図面〈3〉の地点にいたときに、原告はセンターラインから〇・七メートル内側にいたことになる。

そうすると、訴外三浦が前方を注視していれば、原告を発見できたといえる一方で、原告からも加害車の存在を認識できたと考えられ、原告にも他の横断者の存在に気を許し、車両等の進行はないものと軽信し、十分な左方の確認を怠つた過失があると推察される。

右の事情に本件事故現場の状況等を総合考慮すると、原告に二〇パーセントの過失相殺をするのが相当である。

三  争点3(別紙損害計算書裁判所欄のとおり)

1  治療費

証拠(甲一〇ないし一〇四)によると、原告の治療費の合計が二九五万九二〇三円であると認められる。

平成六年四月二一日以降の治療費については、聖路加国際病院における皮膚形成術(乙五〈5〉)、下肢瘢痕形成手術(乙五〈36〉)のための入院費用及びその経過観察のための通院費用(乙五〈64〉ないし〈66〉)であることが認められ、本件事故との因果関係を否定することはできない。

2  入院付添費

証拠(甲一〇五、一〇六、原告本人)によると原告の母である鈴木美佐子が原告の入院全期間にわたつて付き添い看護をしたことが認められる。

しかし、原告は横浜総合病院に平成四年五月一一日から入院し、同月一八日に本件事故による左足関節三顆骨折の観血的整復内固定術が施行され(甲四)、同年六月三日にはリハビリテーシヨンが開始され(乙三〈50〉)、同年七月一一日には外泊ができており(乙三〈48〉)、同年八月七日に片松葉杖で退院したことが認められ、この経過に鑑みるとこの間の入院付添としては平成四年七月一〇日まで六一日間をその必要期間と認めるのが相当である。

また、平成五年三月六日から同年三月二〇日までの横浜総合病院への入院は、抜釘術のための入院であり、その後の聖路加国際病院における入院は、前記認定のとおり皮膚形成術等のためであり、入院付添の必要を認めることはできない。

入院付添費としては一日六〇〇〇円を認めるのが相当であり、六一日間分として三六万六〇〇〇円を損害と認める。

3  入院雑費

入院雑費として一日一三〇〇円を認めるのが相当であり、入院総日数が一二八日であるから、その合計は一六万六四〇〇円となる。

4  通院交通費

証拠(甲一一〇、原告本人)によると、通院交通費として七万二一八〇円を支出したことが認められ、本件事故と因果関係のある損害と認めることができる。

5  装具代等

証拠(甲一〇七ないし一〇九、原告本人)によると、一条会病院から横浜総合病院への転院費用として四万八〇〇〇円、リハビリテーシヨンの際の装具代として合計六万六三一五円の支出が認められ、その合計一一万四三一五円を本件事故と因果関係のある損害と認めることができる。

6  物損

証拠(原告本人、弁論の全趣旨)によると、原告は事故当日着用していたブレザー、スカート、靴が使用不能になつたことが認められ、平成三年三月当時の購入価格が六万〇五〇〇円であることが認められるが、本件事故までの経過日数などを勘案すると、本件事故当時の価格としては三万円を相当と認める。

7  逸失利益

(一) 後遺障害について

(1) 証拠(甲九、一一一、一一二、原告本人)によると、恵比寿ガーデンプレイスクリニツクの高木実医師作成の後遺障害診断書には、平成七年四月二〇日時点での原告の自覚症状は、安静時の軽微な痛み、歩行時の痛み、正座不能、歩行及び階段の昇降時の強い疼痛とされ、関節機能障害については、背屈が他動で右二〇度、左一〇度、自動で右一〇度、左五度、底屈が他動で右六五度、左七〇度、自動で右四五度、左五〇度とされ、可動域は不良とされ、醜状障害については、下肢の左関節内顆部に幅一ミリメートル、長さ七センチメートル、同じく外顆部に幅一ないし三ミリメートル、長さ一三センチメートルの瘢痕があるとされており、障害内容の見通しなどについては可動時の痛み及び可動域の制限を認めるため、日常生活における支障をきたすことは避けられないものと判断すると記載されており、同医師は可動域の制限については、自賠法施行令二条別表の後遺障害等級一二級七号に該当するとしている。

(2) 左足関節の運動制限に関しては、右の事実によると、左足関節の背屈については、健側である右側に比べて、運動領域が制限されていることが認められるが、底屈については健側である右側よりも運動領域の制限があるとはいえず、可動範囲は自動で左右とも五五度であり、健側に比較して運動制限があるとは評価できない。

また、帝京大学医学部附属溝口病院の相馬忠信医師作成の後遺障害診断書(乙四〈9〉)には、平成六年四月二一日の時点では自覚症状として、正座にて足関節痛少々あるものの、可動域的には問題なしとされ、他覚症状等についても左足関節可動域ほぼ正常、歩行時痛マイナスとされているのであつて、この点からも可動域の制限が、自賠法施行令二条別表の後遺障害等級一二級七号に該当する程度に達しているとは認められない。もつとも、原告は帝京大学医学部附属溝口病院では、後遺障害診断書作成の際、左足関節の角度測定検査を受けていないと供述するが、横浜総合病院に通院していたころから原告を診察している相馬医師は、同病院のカルテの記載(乙三〈12〉〈13〉〈16〉ないし〈22〉)によると左足関節の可動域の測定をしており、平成五年四月六日の段階では、左足関節の可動域のうち底屈には若干制限もあるが、筋力に問題なしと診断しており、帝京大学医学部附属溝口病院のカルテの記載(乙四〈5〉)によると、相馬医師は左足関節の可動域の測定をしており、これらの経過に基づいて可動域に問題はないとしているのであつて、根拠なしにそのように判断しているものではない。

(3) また、醜状痕については、自賠法施行令二条別表の後遺障害等級一四級五号は、下肢の露出面(大腿から足の背)に手のひら大以上の瘢痕が残つた場合に認定されるのであり、原告の醜状痕がそれに該当しないことは明らかである。

(4) 以上のとおり、原告の左足関節の障害及び下肢の醜状痕はいずれも自賠法施行令二条別表の後遺障害には該当しないというべきである。

(二) 労働能力の喪失

もつとも、自賠法施行令二条別表の後遺障害に該当しない場合でも、原告の総合的な状況によつては、労働能力の喪失があると認められる場合もあるといえる

そこで検討するに、原告は女性で、本件事故時は一九歳の大学生であつたこと、平成七年四月には川崎市立麻生中学の教員(地方公務員)となつたこと(原告本人)、高木医師が症状固定と診断した平成七年四月の時点で二二歳であること、障害の部位が左足関節であること、歩行及び階段の昇降時の強い疼痛があるが、その運動制限は若干認められる程度に止まることを考慮すると、原告には右障害により労働能力の低下があるとは認めることができない。

しかし、その障害によつて長時間教壇に立つことで左足首のむくみなどが生じるなどの原告の就労における支障のほか日常生活全般に支障が生じていることは、証拠上明らかであり(甲一一一、一一二、原告本人)、その点については、これを慰謝料で斟酌するのが相当である。

8  慰謝料

本件事故の態様、結果、入通院経過、左足関節の障害の程度、その影響の程度、醜状痕の部位、程度、原告の年齢、性別、職業、その他本件に顕れた事情を総合考慮すると、慰謝料として三五〇万円を認めるのが相当である。

9  小計

以上の合計は七二〇万八〇九八円となり、過失相殺として二〇パーセントを控除し、さらに原告の自認する損害の填補一四二万九六一八円を控除するとその残額は四三三万六八六〇円となる。

10  弁護士費用

原告が本件訴訟の提起、遂行を原告代理人に委任したことは当裁判所に顕著であるところ、本件事案の内容、審理経緯及び認容額等の諸事情に鑑みると、原告の本件訴訟遂行に要した弁護士費用は、原告に四五万円を認めるのが相当である。

11  合計

以上の合計は四七八万六八六〇円となる。

四  よつて、原告の請求は被告に対し、四七八万六八六〇円及びこれに対する本件事故日である平成四年五月一一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余の請求は理由がないから棄却する。

(裁判官 竹内純一)

損害計算書

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